20世紀少年のつぶやき

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ビートルズとかローリングストーンズ、レッドツェッペリン、プレスリーにジミヘンにボブデュラン、みんな一世風靡した20世紀のホントのロックスターたちだ。

凄い時代だったなー。ロック誕生の世紀。

で、ふとね最近のロックスター思い浮かべるようとしてみたんだけどさ...

2000年以降に誕生したほんとのロックスターっていないんじゃないかなと思ってね。

音楽自体は凄く多様化して進化してるけど、かぁちゃんも知ってるような大物、あるいはPTAでつるし上げられるような悪者って出現してないよね。

やっぱインターネットのおかげ(せい)なんだろうな。

インディーズのミュージシャンはおろか、アマチュアでさえもネットを通じて世界中に音楽を発信できる今の時代。

リスナーも自分の好みにあった音楽をピンポイントで探し当てられるんだね

だから、昔みたいに一極集中しない。

沢山のオプションを得た生活は贅沢だけど、

20世紀の熱狂を味わえない今の若者ってちょっとかわいそうだな。

ロックな人

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ロックな彼との出会い。

ひと目見てわかったよ。彼がロックだってことは。
だって眼が違う。

18の頃、高校をやめて大検の予備校に通ったときのこと。
友達の友達に紹介されたのが彼だった。
座った椅子に片足を乗せて、どっか遠くを見ている。
すぐに決めた。落そうって。

彼は「ロックだから」が口癖だった。
江戸っ子みたいに貯金とかしない。

ロックってけっこう刹那的な生き方だよね。

彼は幼稚舎から名門の私立高校で育って、いじめられてたのをいじめかえして下克上して、そのうえ中退した。

その時点でかなりロックだ。

得意技はハート・ブレイク・ショット。
パンチングマシンの彼のパンチ力は142。半端ない。

一緒にいて「最強」だと思えた。怖いもんなんてないって。

学校でフランス語を学んでいたからと、受験はフランス語。
私もまねしてドイツ語受験にした。

フランスとロック、あうかな?

東京の真中で育ったからって大学は地方に都落ちしたいんだって。
そんで韓国語でノートとるの。

限りなく、半端なくロック。

「だから私はあなたの前でさめざめ泣いたりしないでしょ?」

そんなの似合わないもん。私にも、彼にも。

いまでも、彼のロックな生き方は、私の中に生きている。

失恋を斬る

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晴れときどきロック

晴れの日があって、雨の日があって、そうしたらたまにはロックな日もある。
そんな日は、心ゆくまでシャウトすればいい。
そうしたらきっと心の中の鬱蒼とした感情が、すっきりと晴れるはずだから。

ロックに斬る、第二回目の今回は、失恋について斬ります。
誰にでも失恋をした経験はあるはずです。
失恋は心が痛み、自分の存在や今までの人生全てを否定されたような気分になります。

僕は、失恋ならなんでもこい、の失恋マスターなんですが、その痛みは何時まで経っても慣れることはありません。
だから、失恋を斬ります。バッサリといきます。斬るときは一瞬、実はその前の煩悶の時間の方が長い。

ここで書くことは、もしかして、ただの気休めに過ぎないのかもしれない。
でもそれでも失恋の痛みを少しでも和らげることが出来たら、ロックな僕にはそれ以上の喜びは無い。

失恋の意味

僕の場合、失恋をして、相手を嫌いになりたいのに、なれない。
たとえばその相手が、同じ学校や職場だったら、その存在が視界に入るだけで、「好き」という感情がばっと蘇って来て、忘れたいのに忘れることが出来ない。
相手には何も思われていないのに、自分だけが恋心を感じて胸を痛めているのが悔しくてしかたがない。
胸が重たくて仕方ない。

確かにそれは苦しくて仕方がない。
でも、その感情を経験するために、人は生きていると僕は思う。

たとえば、物事が終わるときに、始まりからその瞬間までの過程を想像して、まるで心に空洞が開いたような、少し切ない気分になるときがある。その時に初めて、その時間が大切だったと思える。

僕は、その感情を持つために、日々の変化のない生活があると思えるときがある。
その瞬間のためだけに、始まりから終わりまで、積み木を積み上げていた気がする。
そしてその感情を持つことこそが、人生の意味なのではないか、と思っている。

僕は、恋愛を成就させることや、大きな成功をすることではなくて、いろいろな感情を持つことが人生の意味だと思っている。

さまざまな色で塗られた心を、人生の最後に眺めてみると、とても綺麗な絵が出来上がっていれば、僕はきっと生まれて、そして死ぬことをとても意味があったことだと思えるだろう。

だから失恋をすることも、大切な生きる意味の一つだと思っている。

「好き」という感情

「好き」という感情は本当に複雑だ。
それは一直線の場合もあれば、多方面に広がっている場合もある。
ロックで激しい曲調のときもあれば、胸を痛めるバラードを奏でるときもある。
好きなときもあれば、嫌いなときもある。
好きで嫌いなときもある。嫌いで、でも相手が大切なときもある。

恋愛で感じる気持ちは本当に沢山あって、それはとても一言で語ることが出来ない。
やはり恋愛はロックだ。

一本通行の恋

大嫌いな人がいた。
その人は嘘つきで、我がままで、自分勝手で、僕はその人に振り回されてばかりだった。
でも死ぬほど大切だった。
なにが大切か、どこに惹かれているのか、僕には全く分からなかったけど、愛おしくて仕方がなかった。
この感情は一体どこから来るのだろうか、どれだけ考えても答えは出なかった。

彼女には何人も恋人と呼べる人間がいたと思う。
そして僕もその1人だった。
僕は彼女にとって、困ったときや暇なときに呼ぶことが出来る、ただの都合の良い人間の1人に過ぎなかった。

大嫌いだった。
人間としても、女の子としても。
嫌いすぎて反吐が出る。

でも大好きだった。
彼女に呼び出されると嬉しくて仕方がなかったし、見え透いた嘘をつかれたときは、悲しくて壊れそうだった。
季節が移り変わるように変化していく感情は、僕が彼女をただの他人だとは感じていない明白な証拠だった。
だからたとえ何をされても、僕は激しい煩悶と、長い葛藤の末、最終的には彼女の存在を認めてきた。

ある日彼女は恋をした。恋人の1人である僕に平気でその悩みを相談してきた。
彼女の僕に対する感情なんて、ようはその程度のものでしかなかった。

それは職場の既婚者の上司に対する叶わない恋。
僕の彼女に対する恋も報われはしないけれども、彼女のそれも、決してどこかに向かうことは出来なかった。
自分の恋を語るときの彼女は、悔しいけれども輝いていて、その輝きのせいで、僕の心には影が生まれた。

彼女が恋をしているその上司の男性が、愛人と駆け落ちをしたと聞いたとき、僕はこの世界が少しだけ嫌いになった。

もちろんその事実は数々の不幸が重なっただけで、別段この世界を象徴している訳ではない。
むしろこういうことの方が一般的には少数で、多くのもっと綺麗なことも沢山あるだろう。
でも僕は確実にこの世界を少しだけ嫌いになった。
この感情が積み重なれば、僕は確実に生きるのが嫌になるだろうと思えた。

いなくなった片思いの相手に対しての恨み言を話す彼女に対して、僕はもう彼女と二度と係わり合いはもたないことを決めた。

ロックな恋は、まるで砂糖を入れていないコーヒーのようにほろ苦い風味だった。

ロックに斬る

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厳正なるロックな精神を

殺人事件に、詐欺に汚職にいじめ、公金横領や、男女のスキャンダルなど、テレビをつけると、とても悲しいニュースで溢れかえってしまいます。
そして、それは決してテレビの中の世界だけではなくて、綺麗ではないことは僕たちの周りにも沢山あります。
それに折れて、諦めて、人間なんて美しくない、そう思うのは簡単だけど、それはとても悲しい考え方ですよね。

出来れば僕は、死ぬまで折れたくはない。
死ぬまで反抗していきたい。
ロックな僕の魂全てをかけて。

ここでは世間や日常生活のあらゆる出来事をロックに斬ります。
物事をロックに判断し、ロックに結論を下し、ここを見たロックな人1人1人が変わる努力をしていければ、きっと世界も良くなっていくはず。いやロックになっていくはず。
今気が付いたんですけど、ロックって非常に使い安い言葉ですね。
適当にロックっていっとけばなんか熱い感じが出せるじゃん!

最近の若者批判をロックに斬る

最近どっかの居酒屋で隣に座ったオッサンに、最近の若い者は根性がなくて駄目的なことを言われたんですが、最近の若者代表としてそれをハイそうですか、と肯定することは出来ない、全力で反論する文句を考えてみました。
最近の若者がこのオッサンにどう思われようがどうでもいいけれども、僕のロックな魂の堪忍袋がプチっと音を立てて切れたから仕方なく、ロックに斬ることにしました。
斬るときは冷静に、冷静に。

まずはオッサンに一通り話させる。そのオッサンは「最近の若者は熱意がない」「努力をしない」「人間関係を作るのが下手」などと、どこかで聞いたことがあるような論理を展開する。
纏めると最近の若者はロックではない、ということになる。それは問題だ。

僕がいいたいのは、確かに最近そんな若者が増えているかもしれないが、そんな若者ばかりではなく、確実にその中にもロックな奴はいるし、一概に判断して欲しくないということ。

そして、駄目な若者が多いとすると、その問題を切り詰めれば確実に原因は他人事ではなくなると思うから、原因の一旦を担っていることを自覚して欲しいということ。

たとえば「ゆとり教育」のせいで論理的に考えることが出来ない若者が多い、と批判する人間には、ではその原因は「ゆとり教育」を実行した社会であり、民主主義でかつてそれを選んだあなたにもその責任はあるのではないか、ということをいいたい。

だからそれを自覚して暖かい目で見守って欲しい。
駄目な若者と知り合ったら多少スパルタでもいいからそいつをロックに叩き直す責任があると思って欲しい。

居酒屋のオッサンに同じことを言ったら、甘えんなと怒鳴られたので、朝までロックな話で盛り上がった。
平日だったのにオッサンもなかなかのロックな魂の持ち主だった。

恋愛におけるロック

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恋愛とロック

恋愛とロックは通ずるところが多いと感じる今日この頃です。
まーた始まった、とかなんとか思われるかと思いますが、これは何時もの後先考えないノリだけの発言とは違い、ちゃんとした根拠があります。
それはなにかというと、恋愛もロックも根底にあるのは同じ「熱い思い」だということです。

ゆえに恋愛はロックです。
色を変えたロックです。

まてまて無茶苦茶だからって閉じないで!ブラウザ閉じないで!戻るボタン押さないで!

ここでは今までのロック音楽を紹介してきた流れから少し趣向を変えて、恋愛をテーマとした文章を書いていこうと思います。

初回はロックな僕の、ロックな恋愛体験から書くことにします。

青い恋に歌を描いて

あれは高校2年生の夏の話です。
そのとき僕は、友人3人とロックバンドを結成しました。
そして文化祭でライブをし、ロックに盛り上がらせて、ついでに女の子にもモテモテという計画を練っていました。

さすが高校時代。
考えることが非常に単純明快です。

ただ実はこの計画にはもう1つ理由があって、僕が曲の歌詞を作り、それに自分の恋心を乗せて、好きだったあの子にロックな告白をしてしまおうと考えていました。
なんかよく分からないけれどドラマみたいな感じで告白すれば取り敢えず上手くいくんじゃね、と思っていた若い頃。
馬鹿そのものでしたが、とても懐かしく、間違いなく今はいい思い出となっています。

僕が3日3晩考えて作った曲は「ブルーラブ・フォーエバー」。
なんか今思い出すと穴にでも入りたい気分になります。
いまだに高校時代の友人にはネタにされます。
高校時代の友人と昔話をしていて、流れが文化祭になると、変な汗を掻きながら全力で話をそらします。

歌詞をここに書くと、明日から町を歩くことさえ恥ずかしくなりそうなので省きますが、端的に説明すると、僕が駄目だったときに手をかしてくれた君が好きだー、君の笑顔が素敵だー、とか訳の分からないことを3分56秒に渡って歌う感じです。
間違いなくその3分56秒は聞いている人間にとっては苦痛でしかないです。

歌詞は僕が好きだったその子が聞いたら、自分のことだと恐らく分かるだろう、という内容になっています。
歌詞を考えたときは、いける、と思っていましたが、その根拠が一体何処から来たのかまったく不思議です。
あの時の僕にツッコミたい。おまっそれ間違いなくいけねーよ、と。

まあだらだら説明するのもなんなんで、結果を説明すると、文化祭のライブはみんな無理をしてかそこそこ盛り上がりはしたんですが、好きだった子には次の日から、なんかふわふわとした態度を取られるようになり、不器用な僕の恋の物語はそこで一旦幕を閉じることになりました。

「ブルーラブ・フォーエバー」
思い出したくもない過去だけれども、なぜか未だにリハーサルで歌を入れたカセットテープは捨てることが出来ずに、実家のタンスの3段目の引き出しに残してあります。

ブルぅぅぅぅラブよぉぉぉフォぉぉぉぉエバーにぃぃぃぃ消えないでぇぇぇぇ♪

高校時代の友達とカラオケに行くと絶対に1度はアカペラで歌われます。

馬鹿で単純で、でもとても楽しくて、輝いているときでした。

時代を駆けたロック

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表現の道具

ロックは解放を象徴している音楽です。
その音楽が存在してから、多くの反社会性をテーマに歌われ、怒りを表現するのために使われ、文化に反抗する道具とされてきました。
多くの倫理が存在する社会で、ロックは抑制された精神を解放してきた歴史があります。
そして、その反面、切ない感情を語ることにも使われてきました。

...てなまあ、小難しいことをいいましたが、掻い摘んで説明すると、ロックは人々のソウルだということです。
あれ全然掻い摘みきれてないって?
ここではロックの歴史を紹介して行こうと思います。

ロックの誕生

1950年代アメリカでのビル・ヘイリーやリトル・リチャードのヒットにより、ロックの前進となる音楽が誕生し、それが音楽界の1つのジャンルとなりました。
そこから、ご存知「キング・オブ・ロックンロール」の異名を持つエルヴィス・アーロン・プレスリーが大スターとなり、ロックが音楽業界の一大ブームとなることになります。
プレスリーは音楽史に最も影響を与えた人物といわれるほどで、後のビートルズやレッド・ツェッペリン、ローリング・ストーンズなどのスーパースターを生み出すきっかけとなりました。
1959年頃からはブリルビルディング・サウンドと呼ばれる流れが起き、ロック音楽がより洗練されたものとなっていきます。
この1950年から1960年までが、ロック誕生の歴史なります。

僕なんかから言わせるとプレスリーは、確実にアメリカの大統領なんか目じゃないくらい偉大です。
伊達に変な格好してはいません。
ロックを生んだのが前述のビル・ヘイリーやリトル・リチャードだとすると、育てたのがプレスリー、つまり乳母はプレスリーです。
ロックの乳母だから、プレスリーは相当熱い魂を持っていたはずです。
きっと部屋に居るだけで室内温度2℃くらい上げたことでしょう。
冬には一家に1人必要です。

この時点でロックは人間でいうと10歳くらいになります。
そしてここから彼の動乱の人生が始まることになるのですが、それはまた次の機会に。

ロックな魂

ロックとは魂です。
時代をぶち壊す精神性です。
だから僕からいわせると織田信長や、ジュリアス・シーザー、秦の始皇帝なんかも十分ロッカーです。
あっという間に日本の湖を征服した外来魚もロックだし、業界を揺るがしたソフトバンクのホワイトプランもロックです。

彼女や友達に同じことをいったら本気で心配な顔をされました。
でもそれでもいい続けます。何故なら僕は間違いなくロックが大好きだから。

ロックな魂に音楽性を乗せたのが、いわゆる、ロックアーティストたちです。
ここではロックな魂を持ち、時代を彩るアーティストたちを紹介します。

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ

ロックバンドを紹介するコーナーを作ると決めたとき、頭の名で鳴り響いていた曲が、フジロックでも伝説を作ったバンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(通称レッチリ)の、「アンダー・ザ・ブリッジ」だったので、手始めに彼らから紹介することにします。

レッチリはカリフォルニア州出身の、世界的に有名なロックバンドです。彼らはロックの中のロック、ロッカーの中のロッカーです。
なんだかロッカーロッカーいっていると新宿駅とかに設置してあるアレを思い出しますが、ここでは全然関係ないので頭から消してください。

彼らの何がロックかというと、理由はその曲もさることながら、ライブでの激しいパフォーマンスにあります。
例えば、ステージに全裸で上がったり、火吹きヘルメットを着用してライブしたり、台風の中でさらに骨折したままライブを敢行したり、ライブで放火騒ぎが発生したときに、その炎を見ながら「fire」という曲を演奏したりと、そのロックなエピソードは数限りなくあります。

最近の活動

最近では人気映画「デスノート」の主題歌に「Danni California」と「snow」という曲を提供したことが話題になっています。
映画を見て、レッチリに興味を持った人も多いのではないでしょうか。
熱いパフォーマンスばかりに重点をおいて紹介してきましたが、もちろんその曲も、切なくて涙してしまいそうなものや、熱く激しいものと、とても素晴らしく、アルバム売り上げはバンド史上最高の1500万枚、日本でもチケットは即日完売と非常に人気の高いバンドです。
ロック界を代表する存在で、ロック上級者はもちろんのこと、ロックをあまり聴いたことがない人にもお勧め出来るバンドです。

Do It Yourself

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フジロックとは

富士ロックフェスティバル(通称フジロック)とは、新潟県の苗場スキー場で毎年7月下旬から八月上旬に開かれる日本最大級のロックのお祭りのことです。
開催されている期間は3日で、その間約200ものアーティストが、苗場スキー場に設けられた主要7つのステージでライブを行います。

かつて数々の伝説を生み出した富士ロックフェスティバルの最大の特徴は、アーティストだけじゃなく、会場も、そして観客もロックな魂を要求されるところにあります。
それはなぜかというと、ロックと同様、スタイルに捕らわれていないからです。
例えば、別々のライブをしている各ステージへの移動は、整備されていない道を徒歩でいかなければならないこと、祭りの3日間全て楽しみたいなら、山の斜面にテントを張ってそこで宿泊することになること、案内人や係員みたいな世話を焼いてくれる人がいないことなどなど、全てが「Do it yourself」つまり「自分でやれよ」をモットーにしています。

ロックなお祭り

ロックの神様の仕業だからか分からないけれど、この祭りの間は必ずといっていいほど雨が降り、ステージ間の移動も、テントでの宿泊も、とても困難なことになります。
雨宿りする場所もなく、全員ずぶ濡れの泥まみれになることになります。

でもそれがロック。
形を壊してこそロック。

ずぶ濡れの泥まみれになるからかは分からないけれども、この祭りはアーティストだけじゃなく参加している全員が、いつも身にまとっている自分という殻をぶち壊して盛り上がることになります。
この祭りに連れて行くと普段は大人しい友人が、人が違うようなります。
具体的にいうと非常にロックになります。
そうかそうか。お前ももう一人前のロッカーだ、と思いながら、ロックという音楽が持つ力の大きさを実感します。

忙しい日常のサイクルに飽き飽きしていませんか。
そんなあなたは、スーツを脱いで、メガネを取って、土砂降りの雨の中でロックな魂をぶち叫ぶことをお勧めします。
きっとそんじょそこらの下らない出来事を吹き飛ばす、素晴らしい処方箋になることでしょう。

格闘家は拳で戦うだろう、作家はペンで戦うだろう、そしてロッカーは魂で戦うのだ。